会長挨拶

会の発足のきっかけは昭和40年代にオイルショックでした

  • LPG内燃機関工業会
    会長 長屋 静夫 Shizuo Nagaya

内工会40年のあゆみ

終戦お迎え、苦しい時代からの日本が、平和に成りつつ或る時代に、物価の高騰が天を見るがごとく上昇し、インフレ時代となった昭和30年を過ぎた頃より、燃料の不足に伴いガソリンの3分の1の費用で走行出来るLPGエンジンが開発され道路上を走り始めました。
初代会長を務めた日本ガス株式会社の山本社長が、家庭用プロパンボンベを配達するダットサントラックの後部に10K用ボンベの図形を描き、その中に「この車はプロパンガスで走っています。」と書いて走っていました。これが日本の道路を走るLPGを燃料とした自動車のスタートでした。

以降オイルショックがあり、はたまた車輌火災事故ありで、これにより開発に開発を重ね改造する側や使用するドライバー、共々研修を重ねながら安全を守って参りました。
その後、燃費効率の高さと安全性の高い燃料と言う事で自動車車体メーカーも着目し、標準車が開発され営業用タクシー等には幅広く浸透してまいりましたが、それ以外の貨物車やハイデラックスな乗用車等については当LPG内工会が引き続き開発研究に改造を進めてきたわけです。

しかし、LPGという燃料は、今でこそ環境に優しいと言われて、三ツ星マーク迄の性能アップに繋げて参りましたが、過去は中々認めて頂けませんでした。
現在では世界各国で環境問題が大きくクローズアップされ、諸外国でも観光地に乗り入れする自動車は、LPGを燃料とする車輌に限る等の規制が厳しくなり、遅ればせながら日本でも、ディーゼル車に対しての規制が始まり、環境に優しい燃料であるCNG、LPG、或いはハイブリッド車等に重きがおかれ、特に平成15年10月からはディーゼル車の規制に該当する車輌の東京都内乗り入れが禁止されるなど、非常に厳しい時代になって来ました。
この時期に来て、LPGを燃料とするメーカー標準車については低公害認定車とする等の新聞発表がありました。しかしあくまでメーカー標準車に限っているとはいえ、当LPG内工会が、主として開発を進めてきたその他の貨物車(ライトバン・保冷車・清掃車)更に中級以上の乗用車(個人たくしー向け)等で、40年歴史をもって対応し、標準車に劣るこのない開発に研究を重ね、よりよい環境に優しい車作りを念頭に三ツ星のLPG自動車を多く開発して行ける明かりが、見えてきたところです。

LPG内燃機関工業会 会長長屋 静夫

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